おじさんでも恋活 美桜

NTR

プロフィールの向こうにいた彼女

マッチングアプリというものに手を出したのは、好奇心と、ほんの少しの孤独だった。

妻とは数年前に離婚し、今は一人暮らし。
55歳、小さな広告会社の営業部長。
少し髪が寂しくなってきた頭頂部と、中年太り気味の腹を意識して、最近は食事制限も始めた。
年齢的には“おじさん”“おっさん”というより、立派な“おじいさん予備軍”なのだろう。

それでも、身なりには気をつけていた。
スーツはいつもプレスされたものを着ていたし、靴も週に一度は磨いた。薄いながらも頭髪は短めに2週間に1回はカットに行っていた。そんな些細なこだわりが、“若い女性”に通じるわけがないと分かっていながらも、どこかで自分を保ちたかったのかもしれない。

そんな中、彼女から「いいね」が届いた。

美桜/20歳/大学生(北海道出身)

プロフィール写真は、控えめなピースサインとやわらかい笑顔。
髪は長く、色白の肌に大きな瞳。女優の恒松祐里を少しあどけなくしたような顔立ちだった。

「……どう見ても、こっちに“いいね”してくるような子じゃない」

そう思った。
だが、やりとりは始まった。

「こんばんは!プロフィール、すごく丁寧で好印象でした。
あと、“落ち着いていて優しそう”な雰囲気が、なんかホッとしました」

彼女の第一声は、驚くほど自然だった。

無理に若ぶるわけでもなく、妙に擦れてもいない。
その言葉の中に、ごくわずかに“距離を縮めたい”という匂いがした。

メッセージのやりとりは、1週間ほど続いた。

家族の話、大学のこと、地元・北海道のこと。
そして、ふと漏らした彼女の言葉。

「……東京って、大人がいっぱいで、逆にひとりぼっちになることありますよね。
“守ってくれる人”って、たぶん私、ずっと探してるんだと思う」

その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
これは、ただの恋活ではないかもしれない。
彼女の中には、なにか“空白”がある。

そして――その空白を埋めたがっている自分も、また、確かにいた。

「会ってみませんか?」
そう送ったメッセージには、すぐに返事が返ってきた。

「はい。…私も、そう思ってました」

喫茶店で交わされた、沈黙の合図

待ち合わせは、日曜の午後。
場所は、新宿の西口にある少し古びた喫茶店だった。

チェーン系のカフェでは落ち着かないし、あまり静かすぎる場所でも気まずい。
この場所なら、年齢差が目立ちすぎることもない――そんな計算を働かせたのは、他ならぬ自分だった。

5分前に店に着いて、席について待っていると、ドアのベルが鳴った。

入ってきたのは、長い髪を揺らした彼女だった。

白いワンピースにカーディガン。
大きめのトートバッグを肩にかけて、少しだけ背中を丸めながら、きょろきょろと店内を見渡している。

その姿が、どこか守ってやりたくなるような危うさを孕んでいた。

「はじめまして。……想像より、優しそうな人ですね」

笑顔を浮かべてそう言った彼女は、写真よりも少しだけ大人びて見えた。

コーヒーを頼んで、たわいもない会話が始まる。

大学の話。北海道の話。住んでいるアパートの近所の話。

彼女は話し上手というより、“聞き上手”だった。
こちらが何かを語るたびに、目を細めて、うんうんと頷いてくれる。
そのたびに、自分の言葉が“肯定されていく”ような錯覚すら覚えた。

「〇〇さんって、なんか……『ちゃんとしてる人』って感じ。
でも、ちょっと寂しそう」

唐突に、そう言われた。

「寂しそう?」

「はい。なんか……誰かのために一生懸命だけど、
自分のことは“後回しにしてそう”な、そんな空気」

核心を突かれた気がした。

まだ1時間も話していない相手に、なぜそこまで読み取れるのか。
あるいは、彼女自身が“同じ空虚”を抱えているからなのか。

少しの沈黙が流れたあと、彼女がストローをくるくると回しながら、ぽつりと口にした。

「……年上の人って、安心する。
たぶん、私、ちょっと……変なんですけど、
“命令される”とか、“見透かされる”とか、そういうのに……ゾクッとしちゃうんです」

言い終えると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。

「……ごめんなさい。変なこと、言ったかも」

いや、そうじゃない。
その一言で、彼女の“奥の扉”がかすかに開いたように思えた。

マッチングアプリの画面越しでは決して伝わらない、**「欲」と「空白」**の匂い。

彼女の中には、確かにそれがあった。
そして――それに触れてしまった自分も、確かにいた。

喫茶店を出ると、彼女はふと、こう言った。

「次は、もうちょっと……暗い場所で、会いたいです」

それがどういう意味なのか。
わかっていたのか、わからないふりをしたのか。
答えを出すには、まだ少しだけ時間が必要だった。

雨とワインと、彼女の「ちょっと誘うような目線」

2回目のデートは金曜の夜。
場所は渋谷。仕事帰りの夕暮れ、人波を避けるように小道を抜けた先にあるイタリアンで待ち合わせた。

彼女は、前回と違ってちょっと大人びた服装だった。

淡いグレーのロングコート、細身の黒いパンツにブーツ。
髪は後ろでゆるく束ねていて、ほのかに甘い香りが風に混ざっていた。

「こんばんは。お疲れさまです」
「おう、ええとこのお嬢さんみたいな雰囲気やな。店間違えたかと思ったわ」

「ふふ、今日ちょっと“気合い”入れたんです。……わかります?」

「うん。気合い…というより、こっちを試しに来た顔してるよな」

「えっ、そんな顔してます?」

「してるしてる。『どうせ私のこと、見てるんでしょ』って目してる」

彼女はくすっと笑って、
「バレました? やっぱ年上のおじさんの目はごまかせないなぁ」
と、悪戯っぽく言った。

店内は、照明を落とした落ち着いた空間。
テーブルにはキャンドルが灯っていて、客も静かめ。
大人の空気が心地よく流れていた。

グラスを傾けながら、仕事の話、東京での暮らし、北海道の雪の話――
なんてことのない話題が、まるでずっと昔から知っていたかのように続いていく。

「今日のワイン、おいしいですね」

「うん、たぶん君が横にいるからやな。ひとりで飲んだら、ただの“すっぱいぶどう”やで」

「もう、それ少女漫画のセリフですよ」

「ええ歳して、少女漫画のセリフ言うてるん、我ながら痛いわ」

「でも、そういうとこ、好きですよ」

その言葉が、不意に刺さった。

軽口のやり取りに混ざる、本音のような甘さ。
彼女の瞳は、ふとこちらを覗き込むように潤んでいた。

「ねぇ、〇〇さん」

「なに?」

「たまに、すごく優しいのに、急に“男の人の目”になりますよね」

「……え、どういう目?」

「なんか、“そういうふうに見られてる”って、わかるんです。
……嫌じゃないんですけど」

彼女はそう言いながら、グラスの縁をなぞった。
目線は落として、でも、こちらの反応を確かめるように。

「じゃあ俺が今、何を考えてるか、当ててみ?」

「……キス、したいって思ってません?」

「いや、まだ“ピザ頼もうかどうか”で迷ってるとこやけど」

「えー! 空気読んでくださいよ、そこは!」

「うん、ごめん。空気読む力、55歳のおっさんにしてもまだ“発展途上”やねん」

彼女は笑った。
声を出して、本当に嬉しそうに。

その笑顔が、夜の空気をあたたかくしてくれた。

店を出ると、雨が降っていた。
彼女は傘を持っていなかった。

自然と自分の傘を差し出すと、彼女は小さく「ありがとう」と言って、肩を寄せてきた。

「こうやって、一緒に傘入るのって……なんか、変な感じ」

「なんで?」

「なんか…親子みたい。だけど、全然違う空気で、でも落ち着く」

「まあ、おっさんがこんな顔近づけたら通報されるやろな」

「でも、こういう安心感……私、好きなんです」

その一言に込められた、“何かをゆだねたい気持ち”。
それに気づいたのは、彼女が傘の中でそっと吐息をもらしたときだった。

そのまま駅に向かって歩いていたのに、途中でふと彼女が立ち止まった。

「……ねえ。今日はこのまま帰るの、なんかもったいないですね」

その一言は、合図だった。

まるで、目の前にある選択肢をそっと提示するような、“甘い試練”

「うーん、ほんまにええんか? こんなおっちゃんで」

「……だから、安心するんです。
安心して、ちょっとだけ背伸びしたくなるくらいが、たぶんちょうどいいんです」

ふたりは、渋谷の外れにあるビジネスホテルの前で足を止めた。

雨が静かに、傘の縁を叩いていた。

鍵のかかる部屋と、鍵のかからない心

チェックインを済ませて、部屋に入る。
ビジネスホテルのツインルーム。過不足のない照明と、よく冷えたエアコンの音。

彼女は黙って、ソファの隅に腰を下ろした。
上着を脱いだ背中が、ほんの少しだけ、こちらに向いている。

「緊張してる?」

「……してます。してないって言ったらウソになる」

「じゃあ、今から“空気だけやけど、少しあっためる儀式”しましょか」

「え、それ何ですか?」

「コンビニのワインでも買ってくる。飲むか? それとも炭酸のほうがええ?」

彼女は小さく笑って、「じゃあ、炭酸。レモンのやつ」と答えた。

戻ってくると、彼女はベッドの上に座っていた。
さっきより少し、素直な表情だった。

「部屋って、なんか……すごく静かですね」

「うん。家でもないし、学校でもないし……“真空”みたいな空間やな。
そのぶん、人の気持ちが、よう聴こえる」

「……じゃあ、今、私の気持ちも聴こえてます?」

「うん。“ちょっと、試したい”って声がな」

彼女は目をそらして、缶をくるくると手の中で回した。

「……若い子とばっかりつるんでると、わかんなくなるんです。
“本当に大人”って、どういう感じなのかなって」

「ほう」

「私、背伸びしてる自覚あります。ちょっとずつ、何かに触れてみたくて…
でも、“やさしく壊してくれる人”じゃないと、無理なんです」

その言葉に、一瞬、部屋の空気が止まったような気がした。

私は、彼女の隣に腰を下ろす。
距離は10センチ。けれど、その距離は、“最後の理性”の幅でもあった。

「なあ」

「……はい」

「何もせぇへん。
ただ、ちょっとだけ、抱きしめてええか?」

彼女は、ゆっくりとうなずいた。

そっと肩を抱くと、彼女の体は細く、でも意外なほど熱を帯びていた。
深く息を吸って、私の胸に額を預けた。

「……ああ、これ、だめかも」

「なにが?」

「落ち着きすぎて、逆に怖い。
ちゃんと緊張してたはずなのに、こうされると、身体が“安心していい”って言ってくる」

「せやな。“安心”って、ほんまは一番エロいんかもな」

「……そう思います」

彼女は、指先で私のシャツの袖をつまんで、離そうとしなかった。

「……壊してください。
こわいけど、ちゃんと、こわされたいって思ってます。
でも乱暴なのは、いや。…わがままですけど」

「わがまま言えるうちが、ほんまの女や」

私は、彼女の髪に指を通した。
ゆっくり、慎重に、まるで繊細な生きものに触れるように。

彼女の体が小さく震えた。
そして、小さな声でこう囁いた。

「……キスしてほしいって、言っていいですか?」

「ええよ。言わんでも、もう知ってるけどな」

「……言わせてください。お願い、キスしてください」

その瞬間、彼女が少女から、ひとりの“女”へと変わるのを見た気がした。

唇を重ねた。
甘いのに、どこか切なかった。

背伸びではなく、誰かにゆだねることでしか得られないやわらかさが、そこにあった。

ベッドの灯りがひとつ、落とされた。

ふたりの輪郭が、だんだんと夜に溶けていく。
肌の温度が、言葉よりも正直に、相手の欲望と不安を伝え始めていた。


朝焼けと、まだ温もりの残るシーツ

窓のカーテン越しに、淡い朝の光が差し込み始めていた。

目を覚ました時、隣にはまだ彼女がいた。
うつ伏せで眠る姿は、まるで別人のように幼くて、無防備だった。

「おはよ」

彼女は、ゆっくりとまぶたを開けて、すぐに目をそらした。
恥ずかしさと、まだ覚めやらぬ快楽の余韻が、肌の奥に残っているのがわかる。

「……寝癖、すごいですか?」

「うん、わりと派手やけど……それより、首すじのほうが目立ってるな」

「え……あっ……」

慌てて首に手を当てる。
鏡のない場所で、どんなふうになっているかもわからないその“痕”に、
彼女はそっと指を這わせた。

「……ちゃんと残ってるの、好きです。
……“されちゃった”って、感じるから」

「……言うやんか、朝から」

「だって、言いたくなったんです」

そのときの彼女の笑顔は、昨日より少しだけ“艶”を帯びていた。

部屋を出る前、シャワーを浴びている彼女の背中を見ながら、
私は不意に、妙な感覚を覚えていた。

——若さじゃない。
——肉体だけでもない。
——ただ、「欲しがってるものが、同じ」やったんかもしれん。

“甘え”とか、“支配されたい”とか、
彼女の言葉に込められていた感情の輪郭が、やっと少し見えた気がした。

着替えを終えた彼女が、最後に私の目を見た。

「ねぇ……また、会ってくれますか?」

「こっちが聞きたいくらいや。
あんなんされたら、次がないほうが困るで」

「じゃあ、次……もっとうまく“壊れて”みせます」

その言葉に、背筋がぞくりとした。

明るくて人懐っこい彼女の中に、
確かに“何か”が宿り始めている——

それは、支配される悦びか。
それとも、“大人に飼いならされる”安心か。

どちらにせよ、もうここからは戻れない。

部屋を出るとき、彼女は一度も振り返らなかった。
けれど私は、背中越しに“また来る”という気配をはっきりと感じていた。

美桜の身体に刻まれた、矛盾と悦び

再会は、前回と同じ駅前のホテルだった。

金曜の夜——
チェックインを済ませてから、美桜はコンビニで買った缶チューハイを片手にベッドの端に腰かけていた。

「…彼氏とは?」

何気なく尋ねると、彼女はふっと笑った。

「会ってますよ。でも…やっぱり、可愛いだけで、物足りないっていうか」

「…はは、えらい正直やな」

「ほんとは、叱られたり、命令されたりしたくて……
でも、そんなの言えるわけないじゃないですか。あの子には」

一口飲んで、頬を赤らめながら、彼女は足を組みかえた。

視線が自然と、そこに吸い寄せられる。

黒のスカートは腰までまくり上がっていて、
その奥には、レースのスキャンティがしっかりと主張していた。
ヒップの丸みを半分ほど露出させる布面積。
それは“隠している”というより、“見せるために着てきた”というような下着だった。

そして、シャツのボタンを外しながら彼女が見せたのは、
ハーフカップのヌードベージュのブラ。

胸の輪郭の下部を支えるように包むだけで、形の美しさを強調している。
大きさは控えめだが、Dカップの形の良い若い乳房の丸みと柔らかさがしっかり伝わってくる。
輪郭の中に、官能的な緊張感がある胸——若いけれど、どこか淫靡な光を宿していた。

「ねえ、触ってみてください。
今日のブラ、自分で選んだんですよ。“おじさんに脱がされたい用”に」

「……こら、そういうこと言うなや。余計ムラムラするがな」

「……していいんです、そういうふうに。
私、そういうのされると、“本当に存在してる”って感じられるから」

彼女の指が、そっと私の手を導く。
その細くて白い手は、やけに滑らかで、でも芯が通っているようだった。

ブラの上から触れたとき、
彼女の身体はわずかに震えた。

まるで、快楽という“スイッチ”が、どこにあるか知っているような身体。

そして、それをわざと試すように“委ねてくる”目。

「……わたし、命令されると、すごく濡れるんです」

「ほな、立って後ろ向いて。そんで、スカートそのまま、下着だけずらしてみぃ」

美桜は目を伏せ、くすっと笑いながら従った。

白く締まった腰のラインが、
ゆっくりと下着の隙間から露出していく。

その姿は、“何も知らない無垢な女子大生”ではなく、
“何もかも知っていて従順に従う”大人の女の表情だった。

「◯◯さん、わたし、おかしくなってきてますよね」

「せやな。
けど、それがまた…たまらんやろ」

彼女はその言葉に小さくうなずきながら、
薄く笑って身を預けてきた。

壊れていくのではない。
壊されることで、満たされていく——そんな快楽の構造を、
彼女は知ってしまっていた。

命令されるたび、私じゃなくなるみたいで…気持ちいいんです

「もっときつく、言ってほしいんです」

ベッドの上、彼女はそう呟いた。
濡れた前髪の奥から、こちらを見つめる視線は、甘えとも期待ともつかない。

「きつくって……お前、アレやろ、命令されたら興奮するって……?」

「はい。……命令されて、責められて、
自分じゃないみたいにされるの、好きなんです。
……怖いくらい、気持ちよくて」

肌に残るキスマークは、もう数えきれない。
スキャンティは半分尻をさらしながら、脱がされることなくずり下げられ、
細く引き締まった腰の曲線を際立たせている。

背中から手を回すと、彼女の胸はハーフカップのブラに収められたまま、
その端から柔らかくこぼれていた。

――すごい身体やな。

ふと、そう思った。

細いのに、抱きしめた瞬間に柔らかく沈む腰。
肩甲骨の形が浮き出るほど白く、
そして、やけに感度が高い乳房と太もも。

触れれば、熱くなる。
叩けば、疼く。
縛れば、甘える。

そんなふうに、できていた。

「彼氏とは、こんなんちゃうやろ?」

「……はい。彼には、言えないです。
“命令して”とか、“ちょっときつく叩いて”とか…絶対言えない」

「そやな。そんなん言うたら、フラれるかもなぁ」

「でも……◯◯さんには、言えるんです」

その言葉に、なぜか胸の奥がじんとした。

これは、恋じゃない。
それは分かってる。

でも、彼女が“俺にしか言えない自分”を晒していることが、
妙な高揚感を呼ぶ。

「……なら、言う通りにしときや。
いいか、美桜。お前は今夜、俺のもんや」

「……はい」

「じゃあ、四つん這いになって、ケツの穴さらして、
こっち向いて、舌出して。
そう、それや。それが“お前”や」

ベッドの上、彼女は静かに、でも明らかに震えていた。

羞恥。興奮。支配される悦び。
全部が絡まり合って、快感の波を呼び込んでいる。

「もう、なにされても、逃げないです」

「そんなん言うたら……マジで壊してまうぞ」

「壊されたいんです。……◯◯さんにだけ」

その声は、甘く、でもどこか哀しく、
まるで“壊してほしい女の子”の願いのようだった。

「わたしだけの痕を残して」——それは、甘えでも愛でもなかった

美桜がぽつりとこぼした。

「…◯◯さんの“匂い”が、服に残ってると落ち着くの。
なんか、守られてる気がして」

彼女は、洗い立ての主人公のYシャツに袖を通し、
シャワー上がりの濡れた髪を無造作に束ねながら、ベッドの縁に座っていた。

白い太ももがまぶしく、シャツの裾からスキャンティが覗いている。

「香水でもつけてみる? 俺のにおいやとちょっとオッサン臭いかもしれんで」

冗談めかして言うと、彼女は小さく笑った。

「違うの。香水とかじゃない。
あの夜、ここで……抱かれたあとについた、
“汗とか空気とか、混ざったままの匂い”。
……あれが、いちばん安心するの」

そう言いながら、美桜は主人公の腕にすり寄る。

「わたし、もっと“◯◯さんの女”になりたい。
なにか……形として残るものがほしい。
見えなくてもいい、でも、ほしいの」

その言葉に、私は息を詰めた。

それは、まるで“所有されたい”という願望そのものだった。
彼女の中に眠る「支配されたい衝動」が、言葉となって滲み出していた。

「俺の女になりたい、か」

その言葉をゆっくり繰り返しながら、
彼女の髪をゆっくりと撫でた。

白く、やわらかなうなじ。
キス跡を残したくなるほどに、無防備で細い首筋。

それでも、言葉は慎重に選んだ。

「……形がなくてもええんや。
お前の記憶のなかに、俺を染み込ませる方が、ずっと消えへん」

彼女は驚いたように顔を上げ、そして目を潤ませた。

「……染み込ませて、ください」

その声に、“甘え”と“覚悟”が交じっていた。

私は彼女の手を取り、ゆっくりベッドに引き寄せた。

この子は、きっと“依存”の入り口にいる。
自分がその先へ導いてしまえば、もう戻れない。

わかっていた。

それでも、その夜、彼は彼女の身体を
「静かに、自分の形に染めていくように」
触れていった。

——そして翌朝、彼女は彼のシャツを畳みながら言った。

「ねぇ、背中に小さな…何か印を入れたいなって、思ってて」

「タトゥー?」

「ううん……そこまでじゃなくてもいい。
でも、わたしが“◯◯さんの女”だったって、誰にも見えなくても、残ってたらいいなって」

その言葉に、私は何も答えなかった。

けれど心のなかでは、静かに引き返せないラインを越えたことを、確かに理解していた。

あなた以外の人とも、会ったことあるよ——その言葉が焼きついて離れない夜

「ねぇ、◯◯さんって……最初、アプリって抵抗なかった?」

ある日のこと、彼女がベッドの上で横になりながら
ぽつりと聞いてきた。

私は、ちょっと間を置いて答える。

「そりゃあったで。“中年のおっさんが何やってんねん”って、自分で思たこともあるしな」

「うん、でも……わたし、“おっさん好き”やから。むしろ、若い人と話すほうがしんどい時ある」

そう言って彼女は笑った。

その何気ないやりとりで、部屋には穏やかな空気が流れていた——はずだった。

「……あのね、◯◯さんと出会う前、何人かとは会ったことあるんだ。アプリで」

何気なく放たれたその一言に、空気がすっと変わった気がした。

「そりゃ、アプリやもんな。あるやろ」

笑って返したつもりだった。 でも、彼女の“そのあと”を期待してしまう自分がいた。

「……ひとり、すごく年上の人がいた。
最初は普通の食事だったけど、だんだん口調が変わってきて……」

「どんなふうに?」

主人公は、自分の声が低くなっていることに気づいた。

「“命令口調”っていうのかな。
“これ着てこい”とか、“黙ってついてこい”とか。
ちょっと怖かったけど……」

——その“でも”を待ってしまう。

「……わたし、興奮してたんだと思う。
身体が動かなかった。けど、拒否したかったわけじゃなかった。
ああ、自分って……支配されるのが、好きなんだって気づいたの」

その言葉を聞いて、主人公は軽く笑い飛ばすことができなかった。

彼女の声はどこまでも無邪気だった。
でもその内容は、まるで他の男の手で“開発された自分”を告白するような熱を帯びていた。

「……俺より、そいつのほうがうまかったか?」

冗談交じりに言ったつもりだった。
でも、声の奥がわずかに震えていた。

彼女は、静かに私のシャツの裾を握った。

「……違う。
“うまい”とかじゃない。
わたし、◯◯さんに言われたことなら……なんでも、してあげたいって思う」

その言葉が甘く響く一方で、頭の奥にはさっきの“年上の男”の像が焼きついていた。

彼女の身体に触れながら、
——その痕跡は、もしかしたら私じゃない誰かのものかもしれない。
そう思うと、なぜか心がざわついた。

その夜、私は彼女の若い身体を何度も抱いた。
いつもより言葉が少なく、指先は強く、
どこか“上書き”しようとするような、支配的な熱を帯びていた。

「……ねえ、今日の◯◯さん、ちょっと乱暴だった」

彼女は小さく息を切らしながら言った。
どこか嬉しそうに、眉尻を少し下げて。

主人公は、無言でタバコに火をつけた。
そしてようやく気づいた。

——自分は、奪うだけでは満足できない。

“誰かのものだった女を、自分のものにする”ことに、
抗いがたい興奮を覚えていた。

それは、
自分のものにしたいという“所有欲”とは別の感情だった。

“寝取った”という事実に、どこか悦びを感じている。

そして今夜、私はその性癖の入り口を
はっきりと、自覚してしまったのだった。

誰かのものだったからこそ、奪いたくなる——そして、差し出したくなる

その夜、彼女が眠ったあと。
ベッドの隣で、主人公は眠れずにいた。

彼女の寝息が静かに響く部屋の中で、
先ほど彼女が語った“年上の男”のことが、頭を離れなかった。

無理やりではなかった。
でも、命令され、導かれ、彼女の身体が反応してしまったという話。

——それを聞いて、自分はなぜあれほど強く彼女を抱いたのか。

答えは、もう分かっていた。

興奮していた。

怒りではなく、嫌悪でもない。
ただ、胸の奥から突き上げるような**「嫉妬混じりの欲望」**だった。

“もし、今も誰かに命令されていたら?”

“もし、他の男の前で裸にされていたら?”

そう想像した瞬間、息が熱くなった。

そして、それを「想像している自分」から目を逸らせなかった。

翌朝。
目覚めた彼女がカーテン越しの光に目を細め、ゆっくりと言った。

「……昨日の夜の、◯◯さん。
すごかったね。なんか……燃えてた」

「そうか?」

「あれが“ヤキモチ”なら……もっと、妬かせたくなる」

そう笑った彼女の目が、どこか試すようだった。

その言葉に、主人公はふと口を開いていた。

「……なあ。ひとつ、聞いてええか?」

「ん?」

「もしも……たとえばの話や。
“俺の目の前で、他の男と絡んでるとこ”見せられるってなったら……どう思う?」

美桜の動きが止まった。

少しだけ間が空いて、
彼女は主人公の方を振り返った。

「……したいの?」

「……わからん。けど、想像してもうた。
他の男に触られてるお前見て、
怒るんか、興奮すんのか、自分でもようわからん。
……でも、多分、目を逸らされへん」

美桜は、小さく笑った。
目元はなぜか潤んでいた。

「◯◯さん、やっぱりちょっとおかしい」

「わかってる。でも……お前のことになると、
“全部自分のものにしたい”って思ってまうねん。
それが、“誰かに差し出してでも”やってな」

美桜は、布団の中で膝を抱えてうつむきながら、
それでも声だけは震えていなかった。

「……もし、それがほんとなら。
わたし、◯◯さんの“見たいように”されても、きっと逆らえないと思う」

「……なんでや」

「それが、“わたしの居場所”やって思えるから。
誰に抱かれても、見られてても……
最後に戻るとこが、◯◯さんなら、きっと、耐えられると思う」

その言葉に、主人公は返す言葉を失った。

支配したい。独占したい。
でも、奪われる彼女を見たい。
奪い返したい。

そんな“どうしようもなく歪んだ感情”が、
愛という名前で膨らんでいく。

その朝、主人公は美桜を抱きしめながら、
彼女の背中に指で“印”をなぞった。

まだ、誰にも見えないような、
それでも確かに残る、自分だけの“所有印”を。

見せてあげようか——“わたしの、別の顔”を。

その日の夜、美桜は妙に静かだった。
いつものように甘えるわけでもなく、かといって避けるでもなく、
何かを心に秘めたまま、じっと主人公の動きを見ていた。

ふたりは、食後のコーヒーを飲みながら並んで座っていた。
テレビの音がBGM代わりに流れていたが、内容は何も耳に入ってこない。

「……◯◯さん」

「ん?」

「……見てみたい?」

その問いは、あまりにも唐突だった。

「な、なにをや」

「わたしが……誰かに触られてるとこ」

主人公の手が止まる。
カップの中でスプーンがわずかに揺れた。

「……なんで、そんなことを言う」

「この間の話、ずっと頭に残ってる。
◯◯さん、見たいんじゃないかなって。
わたしが、他の男に、触れられてる姿——
どう感じるかって、試してみたくない?」

声は小さく、けれど異様に落ち着いていた。
彼女は、自分の中にある“欲望”を、はっきりと知っている目をしていた。

「……冗談やろ」

主人公はかすれた声で言った。
だが、心はすでにざわついていた。

美桜はソファに片膝を立て、上半身をこちらへ向ける。
夜の照明が、彼女の色白の肌を淡く照らしていた。

「わたしね、◯◯さんにしか見せてない顔、いっぱいある。
でも……もしかしたら、“見せちゃいけない顔”もあるのかもって思ってた。
だけど、それも見せたら——
わたしの全部、知ってもらえるかなって」

そう言って、美桜はスカートの裾を指先で軽く引いた。
白い太ももがちらりと覗く。
その奥に、以前見た“半分お尻が見えるスキャンティ”がうっすらと透けていた。

「今日、誰にも会ってないよ。だから大丈夫。
でも……もし、誰かに会ってたって言ったら、どうする?」

主人公は言葉を失っていた。
恐怖ではない。嫌悪でもない。

それは——
狂おしいほどの興奮だった。

「わたしを誰かに抱かせて、
そのあとに、◯◯さんが全部塗りつぶしてくれるの。
そう思ったら、ゾクゾクして……変だよね、わたし」

「変ちゃう……それを、俺に言うお前の方が、もっと怖い」

「ねえ。
もし、わたしが本当に誰かに抱かれてる姿を“見せたら”——
◯◯さん、どうなっちゃうと思う?」

彼女は、笑っていなかった。
でも、どこかうっとりとしたように、まっすぐ見つめていた。

「見てほしい。
だって、それでしか確かめられない気がするの。
わたしがどれだけ、◯◯さんに壊されてるか」

その瞬間、主人公は立ち上がっていた。
彼女の腕を取り、ソファに押し倒すように組み敷く。

「……お前、ほんまにやばい女やな」

「知ってるよ、◯◯さん。
でも、その“やばい”わたしを、
いちばん知ってて、いちばん欲しがってるのは……あなたでしょ?」

彼女の囁きが、主人公の耳を通って胸に落ちたとき、
どこかで崩れていた“倫理”という名前の支えが、完全に音を立てて砕けた。

——いま目の前にいるのは、
誰よりも“自分だけを見ている”女。

それなのに、自分以外に“差し出したくなる”衝動。

所有と喪失。愛と狂気。
その境目が、もはや曖昧になっていた。

主人公は、美桜の耳元に低く囁いた。

「……あかん。俺、ほんまに見てみたくなってもうたわ」

美桜の白い首筋が、ほんの少し震えた。

「……うん。わたし、全部、見せる準備……できてる」

——この夜、ふたりは、
ひとつの“戻れない一線”を越えようとしていた。